HIVの院内感染と対策
広島大学医学部附属病院 輸血部 高田 昇

3.職業上のHIV感染の予防

3-1.感染症管理委員

  • 院内の感染症管理委員の職務はHIV以外にも沢山ある。HIVについては平素から職員教育を実施しておくことが大切である。曝露事故に際しては、i)曝露の評価、ii)カウンセリング、iii)抗HIV剤の投与、iv)HIV関連検査、v)症状の推移を観察し、vi)記録文書作成が行われる。一般の患者同様に被災者の秘密を守ることは言うまでもない。

3-2.普遍的注意(universal precautions)

  • CDCはHIVやHBVなどの血液介在性ウイルス感染症の予防のためのガイドラインを何度か発表してきた。これは既知の病原体ばかりではなく、未知の病原体をも想定されたもので、概略は次の通りである。

3-2-1.手洗いの励行

  • 患者への接触の前と後に石鹸水で手洗いを励行することは総ての感染予防の基礎である。

3-2-2.手袋の使用

  • すべての体液や組織は感染性があるものとみなし、これらに接触する時は必ず手袋を着用する。大量の血液に接触すると思われる侵襲性処置では二重にする。手袋で針刺しやメスなどでの傷を防ぐことはできないが、侵入する体液を50〜85%減少させることができる。【表2】は医療行為のグレード別の防護方法の例を示す。

【表2】防護グレードの分類例

 

防護の内容

備 考

T

特別の防護を必要としない

非観血的医療行為(血液・体液に触れない日常業務)

U

手袋着用、必要時マスク着用

小規模な観血的医療を伴う医療行為(採血、注射、点滴、点滴抜針など)

患者の血液や体液に接触する医療行為(ルンバール、肺生検、皮膚生検、骨髄検査など)

V

マスク・手袋着用、必要時ガウン着用

中規模以上の観血的医療を伴う医療行為(内視鏡、中心静脈カテ挿入、胸腔ドレナージなど)

W

手袋・マスク・ガウン・靴カバー着用、必要時ゴーグル・キャップ着用

大規模な観血的医療を伴う医療行為(手術、血液透析、分娩など)

大量出血による室内曝露のある患者、及び精神・神経症状、痴呆などにより自分で清潔を保てない患者に対する医療行為など

3-2-3.ガウンの使用
■ 着衣に体液が付着する可能性がある処置を行うときにはガウンを着用する。

3-2-4.マスク・ゴーグル・フェイスシールド

  • 口や眼の粘膜に体液の飛沫を受ける可能性がある処置を行う場合には、これらの防護具を着用する。マスクは医療者から患者への感染を防ぐ役割もある。

3-2-5.結核の防護

  • 特に結核が否定できない患者との接触ではマスクの使用は必須である。他に免疫不全患者がいる場合は、個室に収容し空調に注意する。患者の外出も制限を行い、外出時にはマスクを着用させる。

3-2-6.針刺し事故の注意

  • 針による事故は最も頻度が高く不慣れな新しいスタッフに多い。針や鋭利な器具を使用する場合は、使用後直ちに近くに設置した丈夫なコンテナに廃棄する。使用済みの針を放置してはいけない。リキャップは危険である。リキャップせざるを得ない場合は、single-hand法(すなわちキャップを受け台に固定しておくなど)を用いる。曝露物と廃棄物処理箱は動線が短いほどよい。

【表3】HIV曝露物消毒法の具体例

対象

消毒薬等

濃度

時間

備考

エタノール

70-80%

10-30分

十分清拭。薬液は毎日交換

次亜塩素酸ナトリウム

0.5%

10-30分

器具

器材

加熱処理

70-80%

10-30分

清拭または浸潤

週3回薬液交換

グルタールアルデヒド

2%

30-60分

衣類

リネ

加熱処理

78-80℃

30分

加熱

次亜塩素酸ナトリウム

0.5%

10-30分

浸潤

寝具

ホルマリンガス

エフゲン50g/200l

7時間以上

くん蒸

食器

次亜塩素酸ナトリウム

0.5%

10-30分

浸潤

曝露のない場合は普通

加熱処理

78-80℃

30分

可燃

高圧滅菌

121℃

20分

その後焼却

不燃

高圧滅菌

121℃

20分

 

排泄

次亜塩素酸ナトリウム

2%

1時間

下血がない場合は普通

テー

ブル

次亜塩素酸ナトリウム

1-2%

10-30分

散布

エタノール

70-80%

10-30分

噴霧、清拭

3-2-7.リネンや曝露廃棄物の処理

  • 曝露されたリネン類は水を通さないバッグに入れて運ぶ。曝露廃棄物は消毒殺菌処理を行って処分する。

3-2-8.消毒

  • HIV自体は消毒に極めて弱い。HBVや結核菌に準じて対処すれば十分である。医療器具の消毒法も別に述べられている。病室などの消毒は次亜塩素酸ナトリウム溶液を使う。

3-3.職場ごとの作業の見直し

3-3-1.侵襲的処置のときの予防

  • 外科手術、出産管理、歯科処置について簡略に述べる。侵襲的な処置も普遍的な注意を守ることが原則である。処置の種類によって、どんな作業時に曝露が起こりやすいか点検し、個々の防護レベルを工夫する。
  • 一般的に手術時間が長いほど、患者の出血量が多いほど医療者の事故は多くなる。特に経腹的な婦人科手術、経膣的子宮処置そして血管系の手術が多い。負傷は利き手の反対側の人さし指が多い。これは針、メス、その他の鋭利な医療器具を使用する時、対側の手指で組織を保持したりガイドにしたりするためである。組織保持には器具を使うことが勧められる。何枚かの手袋を重ねると針刺しに完全ではないが、切傷には有効である。指先の巧緻性が失われるのが大きな欠点である。

3-3-2.病理解剖

  • 感染性の病原体が死亡前にすべて診断されていることはない。HIVは死後日数が経過した組織からも培養できる。従って死後の処置や解剖を行うにあたっては、侵襲的な処置に準じた感染防護措置をとる必要がある。
 
 
 
    第4章へ続く