中四国エイズセンター部内学習用資料【翻訳】

 世界血友病連盟 血友病の治療シリーズ No.25

血友病の遺伝カウンセリング

リヴァ・ミラー

原題:

Genetic Counselling for Haemophilia

著者:

Riva Miller

所属:

Katharine Dormandy Haemophilia Centre and Haemostasis Unit, Royal Free Hospital NHS Trust, London, United Kingdom
出典: Treatment of Hemophilia Monograph Series No.25 May 2002, World Federation of Hemophilia
URL:  http://www.wfh.org/

翻訳:

広島大学病院 エイズ医療対策室 喜花伸子、大江昌恵、高田 昇

【目次】
はじめに
遺伝カウンセリングについて
カウンセリングの定義
誰が遺伝カウンセリングを行うべきか?
カウンセリングのレベル
遺伝の問題を取り上げるのに最適の時期はいつか?
倫理的配慮
子どもの遺伝子検査
遺伝カウンセリングに影響を与える要因
遺伝カウンセリングへのアプローチ
基本的なカウンセリング原則
遺伝カウンセリングのねらい
面接の見取り図
事例
結論
謝辞
作者について
参考文献
用語一覧


はじめに
 医療技術の進んでいる国でも、そうでない国でも、遺伝カウンセリングは血友病ケアの重要な一部です。血友病の患者さんや保因者、またそのご家族は、子どもが血友病となる可能性がある場合に、子どもを持つかどうか十分な情報を得た上で選択するために、知識を得ることが助けになります。
 包括的な遺伝カウンセリングには幅広い問題があり、一連の診断や保因者検査も含まれています。しかし、非常に基礎的な情報提供であっても、子どもを持つことについて、当事者たちにとって正しい選択をするための第一歩となります。診断と治療のための医療体制が乏しい国々や、親族結婚のように遺伝疾患の可能性が高い国では、情報提供が非常に重要になってきます(1)
 遺伝カウンセリングには高価な道具だけが必要なわけではありません。血友病の遺伝に関する知識、そして、子どもを持つかどうかに深く影響を及ぼす宗教的・文化的・社会的・個人的背景を考慮しながら話をする能力が必要です。時に決断には、血友病をどのように受け入れているかが関係します。こうしたことは人それぞれで異なっており、間違いなく、その国での治療の有効性や、包括的な血友病ケアの体制によっても影響を受けます。
 検査や臨床と並んで遺伝カウンセリングが重要であることがいったん認識されれば、医療施設やサービスの水準に関わらず全ての国で、遺伝カウンセリングは日常の医療のなかに比較的容易に組み入れられます。高水準の設備を持つ医療施設でさえ、遺伝に関連して直面するかもしれない問題はすでに検討済みと考えられ、血友病ケアの中で遺伝カウンセリングがそれほど重要でないように扱われることがあります。しかも必ずしもそれが原因とは限りません。ある程度診断技術のある施設でも、職員の能力ややる気が欠けているために、遺伝カウンセリングが見落とされていることがあります。また発展途上国のような医療施設が少ない国々では、他に多くの医療的社会的問題を抱えて遺伝カウンセリングが複雑すぎると考えられているのかもしれません。しかし、このような状況の中でこそ、より多く知識を得たうえで子どもを持つことについて選択できたとき、大きく貢献したと言えます。
 この論文では、幅広い技術とサービスのある施設(イギリス、アメリカ、インド、パキスタン、フィリピン、イラン、香港)で働いた経験に基づき、発展途上国特有の問題に絞って、遺伝カウンセリングを再検討します。また、この論文は様々なカウンセリングの指針となる原則および実践の枠組み(異なる状況でも適用できる)を含んでいます(2)


遺伝カウンセリングについて
カウンセリングの定義
 「カウンセリング」は、誤解されることの多い言葉で、多くの国にとっては外国の考え方です。したがって、カウンセリングとは何か、また、それが何を意味するかについて共通の理解を確立することが重要です。カウンセリングは話し合いや情報提供とは異なります。Discussion(話し合い)には、対話はありますが、医療従事者が与える情報が受け手に確実に理解され受け入れられるための技法は用いられません。情報提供はどんな医療においても不可欠ですが、必ずしも対話があるわけではなく、患者の理解度や信念を確認することもありません。一方、カウンセリングは情報が意味していることを言葉にする方法であり、医療従事者と患者とが様々な問題をよりよく理解していくための方法です。
 血友病の遺伝カウンセリングは病気にまつわる実際問題に焦点をあてます。(例えば、血友病とは何か、治療はどうするのか、また、どのように遺伝するか;病気に関係した個人的な心配事、人間関係の心配事;血友病の遺伝について話し合っている当人の信念や希望、同様に血友病の影響を受ける可能性のある他の人の信念や希望など)。
誰が遺伝カウンセリングを行うべきか?
 医師や看護師は、日常のケア業務の中で患者と遺伝について話せる最適な位置にいます。医師や看護師と患者との関係はまた、健康増進やケアを担う役割同様に、適当な機会に血友病によって影響を受ける家族との接点をつくることもできます。しかし、他の様々な医療従事者も、患者との特有の役割を通して、貢献し、遺伝カウンセリングを提供することが可能です。
 多くの国々、特に治療資源が限られたり不足していたりする国では、理学療法士が血友病患者と重要なかかわりを持っていることがよくあります。彼らは治療を行いながら、ただ患者の血友病に関する知識をチェックし、情報を与え、適切な専門家へ繋げるというある種の遺伝カウンセリングも行えるよう訓練を受けることも容易です。ソーシャルワーカーや心理士も同様です。検査室の職員なら、ある状況では、患者に結果を伝え、そのうえで最適の機会を利用して遺伝カウンセリングを行えるような技術を身に付けることができます。
 知識と関心を持った血友病団体のメンバーは、他のメンバーへのカウンセリングや情報提供の技術を磨くことができます。彼らは、信頼を得てメンバーやその家族に支援を提供するための重要な柱です。多くの場合、彼らが接触の出発点になる可能性があります。これらの機会を最大限に利用して、例えば血液内科医など、遺伝子情報やカウンセリングの専門家とよい連携をもつことが、血友病ケアの領域において、包括的なサービスを提供するために必要不可欠なのです。
カウンセリングのレベル
 様々な問題に取り組むには、様々なレベルの遺伝カウンセリングが必要とされてきます。カウンセリングを提供するために基本的に必要なものは、遺伝の法則と利用可能な検査の知識、そして検査結果を解釈することができるスタッフです。医師は責任を持って、遺伝カウンセリングの領域を監督し、カウンセリングがしっかりとした知識のある人によって行なわれるように保証しなければなりません。
遺伝の問題を取り上げるのに最適の時期はいつか?
 家族歴がある、または出血の病歴のある女性の場合、理想的にはその女性や子どもの健康が損なわれる前に、出来るだけ早く血友病の保因者である可能性あるいは確実性について話題に取り上げておく必要があります。血友病であると分かっている患者の場合は、可能ならいつでも機会を見つけて血友病とその遺伝に関する知識について確認しておくべきです。また結婚が決まった時や妊娠する前には、血友病の遺伝に関して保因者に教育した方がいいでしょう。大人や子どもが新たに診断された場合にも、遺伝について話し合う必要があります。
 女性保因者への連絡は困難なことが多く、ほとんどが登録患者(通院している人、血友病の大人、血友病の子供や血友病の親を持つ子供)が他の家族に知らせるかどうかにかかっています。家族の保因者についてもっと情報を得てカウンセリングへと繋げるような努力が、登録された患者との医療相談に組み込まれていく必要があります。


倫理的配慮
 倫理的な配慮には、人権、同意をめぐる問題、および守秘義務などが含まれています。これらは、国内・国際どちらの遺伝カウンセリングにも当てはまりますが、特定の状況においては法的社会的慣例によって異なってきます。他者(家族、保険会社など)への個人情報(遺伝子検査の結果など)の開示を控えたり、守秘義務を遵守したりすることで問題が生じることがあります。それは、遺伝子検査やスクリーニング検査によって、例えば父親は誰かというような予期しない厄介な情報が明らかになるからです。
 人には個人的問題を秘密にする権利があります。しかし、遺伝疾患を受け継ぐことによって影響をうける人々の非常に核心的な情報を得る権利が脅かされることになります。情報を与えられていない家族は色々と苦しむかもしれません。例えば、血友病であることを知らない人は適切な医療的ケアや治療を受けられないかもしれません。あるいは、保因者が自分の第[因子の量が少ないことを知らないかもしれません。一方、父親が違うために実際は血友病保因者ではないのに、自分は保因者だと思う女性もいるかもしれないのです。
 ヘルスケアの専門家による家族への情報の開示にあたっては、守秘義務の基準を守るべきであり、血友病の遺伝についての情報を利益があると思われる人々に、患者自身が伝えられるように援助する必要があります。しかしながら、血友病患者、そのパートナー、姉妹、保因者の子供、それぞれの最大の関心事が対立することがあります。遺伝カウンセリングでは、まさにこういった問題を取り扱い、検討することができるのです。
 医療においては、どんな治療、遺伝子検査、スクリーニング検査に対しても、インフォームド・コンセントを得ることが信頼できるケアに繋がるものです。重大な遺伝疾患に直面する家族に必要なのは、信用できる情報を得る機会であり、彼ら自身や将来の子供のことについて決断する前に情報を検討する時間を持つことです。血友病で重要なのは、症状のある子供・大人の診断、および症状がなく予防的な治療で効果がある人々に対して行う検査です。潜在的な保因者や、絶対保因者の娘、そして血友病患者の第[因子と第IX因子を測定する検査は、彼ら自身の健康のために重要です。


子どもの遺伝子検査
 子どもが病気の遺伝子を保因しているかどうか確かめる遺伝子検査には、誰が同意をするのか、いつ行われるべきか、子どもの最大の利益をいかに考慮するかといった問題が生じます。すべての状況の中で、肉体的、情緒的、社会的、文化的、心理学的側面が考慮されるべきです。それは子どもと家族に影響を与えるからです。西洋諸国の多くでは、裁判所が、真実こそ子供にとって最良だとみなすことがあります。これは他の状況によっては異なるかもしれませんが、健康と遺伝の問題に取り組む場合には意味のある考えです。
 子どもの保因者スクリーニングは、インフォームド・コンセントを得なければならないため、複雑な問題です。遺伝について話し始めるちょうどいい年代がいつなのかは、すべての国々および社会においてきわめて重要な問題です。検査とスクリーニングを行える年齢は、親の見解(個人的、家族力動的、文化的、宗教的信念に影響される)と、子どもの権利を定める法律によります。年齢が若くても結果の意味を理解し、検査に明らかに同意している場合であっても、複雑な問題(例えば父親が誰かということや将来の保険がカバーできる範囲など)は起こり得るでしょう。
 保因者の可能性のある子どもに第[因子レベルのチェックをする時は、遺伝に関して話し合うのによい機会です。これには、登録された患者(保因者か血友病)の保因者の可能性のある姉妹、姪、そして甥を含んでいます。しかし、より広い範囲の家族を話し合いのために集めるには時間がかかることがあります。状況によっては、地理的な距離、交通や金銭的な問題があって集まることが不可能な場合もあるでしょう。
 こうした不測の困難があっても、親や血友病患者と保因者検査について話し合うためにはあらゆる機会を見つけていくべきです。これは、医学的なフォローやその後会えるかどうかが不確かな場合には、特に大事なことです。また同様に、若い人々が大人になって自分の子供を持つときに検査を受けるのでは、利益を得られないかもしれないので、適切な時期に適切な機会を利用する必要があります。


遺伝カウンセリングに影響を与える要因
 遺伝カウンセリングには多くの問題が影響を及ぼしており、血友病医療のなかで遺伝の問題を扱う時には考慮が必要です。問題のいくつかは普遍的です。例えば、子どもを持つかどうかの決断には、血友病をどう理解しているかが関わってきます。また開発途上国特有の問題として、診断検査と治療が限られている点などは考慮しなければならない様々な要因の一つです。
血友病の受け止め方
 血友病の受け止め方は複雑であり、病気の影響を受ける可能性のある子どもを持つかどうかの決断に大きく関わってきます(4)。その受け止め方には、個人的な信念や宗教的文化的伝統が背景にあり、病気や障害や治療についての一般的な捉え方にも影響しています。こうした影響の深さを考えても、信念について必ず患者と話し合っておくべきです。また他に、予後や病気の経過は、診断のための検査や治療が受けられるかどうかによって変わってきます(4)
 先進国では充分な治療を受けられるので、血友病は対処する上でそれほど難しい病気ではないと思われているでしょう。しかし、治療の機会が限られていて、その結果、子どもの関節が早い時期から影響を受けるようなところでは、予後が違います。そのような状況では、個人そして家族にとって日々の個人的・社会的・経済的生活に病気が深い影響を与えることとなります。さらに、家族メンバーそれぞれが、その人なりの受け止め方をしているものです。血友病患者の姉妹には何も知らされないことはよくあることです。姉妹は自分が保因者であるかどうか、はっきりと知らないこともあります。そして、血友病の兄弟や親戚がいる家庭の中で見聞きすることによって、影響を受けるかも知れません。
 多くの文化において、夫婦の義理の親が、障害の受け入れや子どもを持つこと、血友病への対処の仕方などに影響を与えているのは珍しいことではありません。血友病の医療的側面について義理の親には知らされていないこともよくあります。
情報を明らかにすること
 血友病患者やその家族が血友病について率直に話し合えるかどうかは、血友病をどう受け止めているかに密接に関係しています。血友病の男性のなかには、自分が血友病であるということを受け入れる気がなく、受け入れることも出来ない場合があります。その結果、パートナーや子どもから拒絶されることを恐れて、自分の娘にも彼女は保因者であるとなかなか告げられないことがあります。このようなことは娘に未解決の問題を残し、血友病に関する誤った考えを与えることになるでしょう。あるいは、血友病である父親は娘に話そうとしても、妻の方が反対する場合もあるかも知れません。娘の結婚に影響があるかもしれないからです。他にも、家族の人々が遺伝の可能性があることを知らない場合があります。また、両親が娘たちに遺伝について伝えていなかったり、血友病の兄弟同士がお互いについての情報をよく知らながったりする状況もあります。
 血友病患者が血友病について間違った理解をしていることもあり得ます。血友病は大した問題ではないと信じていたり、あるいはHIVに感染した血友病者を見て血友病とは破壊的で致死的なものであると信じていたりするかも知れません。
 保因者である娘は、誰にいつ伝えるかを決めるという問題を抱えるかも知れません。そのことが結婚に影響するのではないかと恐れる場合もあるでしょう。また、血友病を遺伝させることへの罪悪感もあります(5)
血友病の重症度
 血友病AおよびBの重症度もまた血友病の受け止め方に影響を与えるので、遺伝カウンセリングにおいては、重症度について常に意識しておかなければなりません。自然出血のない比較的軽症の血友病患者は日常レベルでは問題が少ないように思えますが、しかし、外傷(事故、活動によるもの、手術などの侵襲的処置など)によって、長期にわたる重い関節の損傷を受ける可能性もあります。たとえ軽度から中度の場合であっても、血友病の診断がついていないことは、その人の健康や生命にとって危険なことなのです(6)
診断の明確性
 国によっては、血友病AとBと他の出血性の障害が混同されていることがあります。これは特に、血縁者の結婚による珍しい出血性障害の比率が高い地域によくみられます。家族内に出血性関連の患者がいるとか、複合的な出血性障害の患者がいることがあります。こういう場合の遺伝カウンセリングは複雑です。
ヘルスケアの優先順位
 一般的にヘルスケアにおいて優先すべき事項と特別に血友病において優先すべき事項それぞれが、治療費の高さから、限定されたケアでさえ継続困難にしています。特に開発途上国では、より一般的な疾病(結核、心臓および感染症、糖尿病、下痢のような)と比較すると、血友病者の割合は小さいです(6)。多くの開発途上国では、血液製剤の供給が不足しているか非常に限られており、また血友病診断および保因者検査のための施設はありません。血友病医療を行う際に優先されるべき事項は、信頼性のある診断ができる検査室、並びにそれらの診断にそって治療ができる施設です(7,8,9)
 こうした施設がまだ存在していなくても、出血性疾患の疑いがある患者に不適切な治療が行われないように、可能ならいつでも広い範囲の医療従事者に血友病に関する基礎的情報を広めていくことは出来ます。例えば、ある発展途上国では、子宮摘出の手術を受けた女性の多くが、のちに遺伝性の出血性疾患を持っていることが明らかになりました。ちなみに遺伝性の出血の問題に関する情報を広める作業は、必然的に自己選択した専門医の仕事となるでしょう。特に血液内科専門医は、一般開業医、歯科医、婦人科医、産科医および小児科医のような出血障害を持った患者に出会う可能性の高い専門家に情報を広めることが可能です。
実際的な問題
 専門的な設備がほとんどなく、広大な距離を移動しなければならず、財源が非常に限られているような国々では、多くの患者は診断と治療に繋がらず、検査の機会さえ非常に制限されてしまいます。多くの国々では、田舎と都市といった地域によっても医療の格差があります。国によっては、言語の壁が問題となります。例えばインドでは、14の公式言語および500の異なる方言があり、同様に多くの宗教にある様々なカーストやサブカーストも存在します。このことが遺伝カウンセリングをなおさら複雑なものにしています。
障害に対する姿勢
 男性優位の文化においては特に、健康な男の子を持つことが非常に重要です。健康な男の子をつくろうと何度か試す夫婦もいるでしょう。その結果、血友病の子どもが何人かいる家族もいます。様々な宗教的信念も、障害に対しての姿勢に強く影響しています。
宗教的・倫理的信念
 結婚、妊娠・出産、子育て、障害、性的関係すべての背景にある宗教的、倫理的、文化的要因は、個人や家族がどのように遺伝的疾患や障害を扱うかにも影響しています。血友病は遺伝するという現実と、その人の宗教的信念による希望や行動とのバランスを取っていくことは、医療の専門家にとって重要な難題です。
結婚
 結婚に関しては、宗教だけでなく文化的・家族的伝統にかなり影響を受けます。例えばイスラム教が支配的な国では、若い人たちへの結婚の強制があります。信心深い家族のモデルとなっているイスラムの聖人もそうしているため、近親者の結婚もよくあることです。またインドでは、血友病の男性はパートナーを見つけることができますが、障害のある子どもを産んだ女性は、婚家からの拒絶を覚悟することになります。
性的なタブー
 性体験に関する慣習もまた、遺伝カウンセリングには関連があります。結婚や性経験の年齢がいつかによって、遺伝の問題を取り扱うのに適切な時期は変わってきます。発展途上国の多くでは、大人はセックスについて子どもたちとオープンに語ることはありません。子どもは友達から情報を得ており、非常にまれに学校の教師から知識を得ていることもあります。この問題は多くの人が避けて通りたい問題です。
妊娠と出産
 発展途上国では、子どもをもつことは家族が“落ち着く”ことであり、家族が受け継がれていくことだと考えられています。そのため、家族によっては、血友病の子どもが複数人いることがあります。イスラムの国では、結婚すると今度は子どもを持つことへのプレッシャーがかかってきます。もし夫婦に子どもができなければ離婚も珍しいことではないのです。また、妊娠中絶は微妙な問題です。信心深いカトリック教徒には選択肢はほとんどありません。ユダヤ教やイスラム教では、遺伝疾患の保因者の場合には中絶が認められています。さらに、深刻な医学的問題がある場合、避妊が認められるという例外もあります。男性優位の社会では、男性の側の避妊手術は好まれません。障害や他の理由による避妊は困難です。しかし国によっては、遺伝的な疾患を持っている保因者の中絶が許されています。インドでは、遺伝的疾患を持つ女性は偏見を持たれます。そのため、そのような女性が女児の中絶を希望することはよくあります。
保因者
 血友病の保因者は、結婚が困難になることがあり、自分が保因者であることを秘密にすることがよくあります。月経の期間が長いという症状のある保因者は、祈祷や絶食といった宗教的義務のために、更なる困難を経験することもあります。こうしたことが家族の中で恥ずかしいことだと思われて、罪の意識へと発展していることもあるでしょう。多くの状況において、保因者は医学的援助を求めようともしていません。また、信心深い女性は男性医師を避けることが多いですが、その一方で発展途上国では女性医師に対してあまり信頼を置いていません。
割礼
 割礼は、イスラム教とユダヤ教において非常に重要な儀式です。宗教深いために、自分の娘と割礼を受けてない血友病の男性との結婚を許そうとしない人もいます。イスラム教の法のもとでは、深刻な医学的リスクがあるなどのまれな状況においては、例外が認められることもあります。特に重大な出血の危険性がある場合には、割礼は重要な問題です。そのため遺伝カウンセリングで取り扱われるべき問題なのです。


遺伝カウンセリングへのアプローチ
 子どもを産むことは、たとえ遺伝の問題がなくても複雑な問題です。宗教や信念、医療資源や教育の程度に関わらず、遺伝についての情報を得ることで、情報を元に選択をすることができます。特に、血友病患者の多くが診断されていない発展途上国においては、信念や宗教、家族の価値観などを尊重しつつ、慎重に話題を取り上げていく必要があります。血友病についての知識や治療資源が限定されていて手に入れるのが難しいような状態で、どこからアプローチし始めてよいのか分からないこともあるでしょう。
 遺伝カウンセリングを行う上で、こうした問題を取り扱うための必要な理論的枠組みがあれば、多くの問題をカバーすることができます(2)。その枠組みによって、カウンセラーは実践の指標を持つことができ、カウンセリングの経過をチェックし、その成果を評価することが可能になります。この枠組みの柱となるのは、a) 道しるべとなるカウンセリング原則、b) 遺伝カウンセリングのねらいの明確さ、c) “見取り図”、つまりカウンセリングセッションの構造、です(10)。ここに提示した枠組みは、他のアプローチや様々な状況にも簡単に適用することができます。
基本的なカウンセリング原則
 実践を導く基本的な原則は以下のものを含んでいます。

人の願望、信念、知識、関心を憶測するのではなく、質問します。
その面接での達成可能な小さな目標をつくります。
発言はすべてインパクトのあるものだということを覚えておきましょう。したがって言葉は注意して使い、専門用語は極力避けます。
患者と責任を共有し、簡単に解決できない問題や不確実さが残る問題について安心させようとしないことです。
遺伝カウンセリングのねらい
 どんな状況においても遺伝カウンセリングのねらいを明確にしておくことは、面接を主導する人と、援助を求め情報を得る人それぞれにとって、最も重要なことです。つまりカウンセリングのねらいが明快であることによって、限られた時間の中で効果的に話し合うことができます。遺伝カウンセリングの主なねらいは、以下です。

人々が自分自身やその子どもたちの健康に関して情報を得た上で選択することを援助します。
検査や手順のインフォームド・コンセントが得られていることを確認します。その際には以下の情報について話し合いましょう。
−血友病、血友病の予後、治療の選択
−血友病はどのようにして遺伝するのか
−血友病や保因者状態を診断する検査と、その信頼性
−保因者スクリーニングの手順
−出生前診断と検査、そして母親と胎児への危険性(11)
−検査結果についての説明の手順
−妊娠中絶に対する意見
−将来の、また今いる子ども、他の家族に対する影響
−遺伝検査で明らかになるかもしれない予想外の結果、あるいは好ましくない情報(例:父親について)
その人の宗教、個人的な信念や願望と、血友病の遺伝という現実とのバランスを取ります。
血友病の患者が自分の体の状態を話し、他の家族に遺伝の可能性を伝えることができるようにします。そして、患者の決定を支持します。
個人、カップル、家族などが遺伝カウンセリングの場に参加できるような機会を提供します。
面接の見取り図
 面接の“見取り図”は、遺伝カウンセリングの面接の指針となる一つ一つの段階を示しています。この見取り図によって使える時間がどの程度であっても、多くの複雑な問題を扱うことができるようになります。
 こうした段階は、話し合いの指針として作られました。これらの段階は、すべてを含んでいるわけでも、その通りにしないといけないわけでもありません。また、順番どおりに行う必要もありません。その時その時の状況に合わせて適宜調節していけばよいでしょう。

1. この話し合いについて紹介し、次のことを明らかにしたうえで患者と話し始めます。
・ あなたの役割(医師、理学療法士、ソーシャルワーカー、検査技師など)
例:「わたしは理学療法士です。あなたの膝の治療をしながら、あなたが血友病やその遺伝についてどのくらいご存じなのかをお聞きしたいのですが。」
・ どのくらいの時間が使えるのか。それを伝えることによって、面接はなりたちやすくなり、その人にくつろいでもらうことができます。
例:「今日は30分ほど時間がありますが、必要だったらまた会う時間を作りますよ。」
・ この面接で患者が何を得たいと思っているのか(期待)。それを知ることで、どのように面接を始めてどのように時間を使うのがベストなのかが分かります。
例:「今日の面接に一番期待していることは何ですか?」
・ 自分が考えていることは伝えておく必要があります。
例:「今日は、血友病とは何か、そして提供できる検査はどんなものかをご説明したいと思います。」
2.情報提供する前に、その人の関心、知識、信念、願望を知るために質問します。なぜならば、それらはすべて情報がどのように受け取られるのかに影響するからです。血友病が一生涯の出血性疾患であり、そのために身体の障害が残るかもしれないことを、可能な限り確実に理解してもらう必要があります。
例:「血友病についてどんなことをご存じか、話してくださいますか?」
「どなたから、どのようにしてその情報をお知りになりましたか?」
「血友病の子どもを持つ可能性についてどんなご意見をお持ちですか?」
「血友病の息子さんをどのように育てるかについて、何か信念をお持ちですか?」
血友病患者の母親や血友病である父親と、子どもや姉妹について話をする時、彼らの意見を聞きだし、複雑な問題に取り組んでいくためには、次の質問が役立つでしょう。
例:「娘さんに血友病について話をするのは何歳がいいと考えておられますか?」
「娘さんが血友病の遺伝子を持っているのだと本人に伝えることに関して、どのようにしたいと思われますか?」
「姉妹に保因者である可能性について話すことについては、どうしたいと思われますか?」
「血友病の子どもを持つことについて、どのような考えをお持ちですか?」
3.段階を少しずつ踏みながら情報を提供します。その際には、どのくらい分かっているのか質問し、勘違いや間違いを明確にして修正し、情報の差を埋めながら情報提供を行います。こうして患者のペースで面接を進め、根拠のない思い込みを持つことを避け、理解を確実なものにしていきます。
例:「あなたは血友病についてはほとんど知らないとおっしゃっていますが、少しでも知っておられることはありますか?」
「血液と何か関係があるという点は正しいですが、完治するというところは正しくありません。」
「現在わが国では、ご病気が血友病なのか、それとも他の出血しやすい病気なのか検査することができます。もしお子さんが血友病であれば、治療ができます。この治療とは、出血を止めるためのもので、生涯続くこの状態が完全に治癒するものではありません。」  
こうしたアプローチは特に、複雑な出生前検査やその危険性、その段階について話し合う時に非常に重要になってきます(ステップ15参照)。
4.説明されて理解したことを振り返ってもらうように促しながら、理解度をチェックします。
例:「血友病はどんな病気か、そしてどのように遺伝するのかについて、今までところで理解できた点を話してみてくれますか?」
5.質問をしながら血友病の遺伝について話し合います。そして一つの世代から次の世代へどのように血友病が遺伝していくのかについて、情報に差があればそれを埋めていきます。
例:「血友病はどんな風に世代から世代へ受け継がれていくと思われますか?」
「あなたの娘さんが血友病の保因者になる可能性について、どの程度ご存知ですか?」
理解の程度に関係なく、遺伝の図式を用いると便利です(図1,2,3参照)。

図式を用いて血友病の遺伝パターンを、特に以下の点について明確にしておきます。

血友病男性の息子は血友病にはならず、その次の世代にも遺伝しません。
血友病男性の娘は必ず保因者であり、保因者の娘を産む可能性、そして血友病の息子を産む可能性はそれぞれ50%です。
出血の家族歴がないのに血友病の子どもが誕生することで明らかになるという散発例もありえます。
もし血友病の息子が一人以上いれば、その女性は保因者ということになります。
血友病男性と血友病保因者の女性が結婚したら、その娘が保因者となる可能性は50%、血友病となる可能性は50%です。その夫婦の息子は50%の可能性で母親のX染色体に影響を受けます。こうした状況は、血友病の家族歴がある血縁関係者同士の結婚では、起こりやすくなります。
患者が他の疾患(第X因子、第XI因子欠損症、フォンヴィルブランド病)を持っていないかどうかを確かめておきます。
6.個人の出血歴を以下の点も含めて詳しく聞きます。

◇ 出生時や出産時の出血あるいは紫斑
◇ 歯が生えてくる時や抜歯の時の出血
◇ 割礼
◇ 月経
◇ ささいなことでの紫斑
◇ 外傷や手術後の出血
7.図式や家系図(家系図のサンプル参照)をつくりながら、引き続き出血の家族歴について聞きます。注意深く聞いていくと、家族のなかで過去に死亡している人や出血のあった人などが分かってくることがあります。特に以下に注意します。

◇ 赤ん坊や母親の出生時の外傷
◇ 手術や外傷後の出血
◇ 原因不明の死
家系図などの見取り図を用いることで、患者や夫婦は、教育のレベルや血友病についての知識の程度に関わらず、家族の祖先や子孫をたどることが簡単になります。家系図は、登録患者(血友病患者・保因者どちらでも)をひきつけ、彼らの興味や関心を効果的に引き出すことで、広範囲の家族について話してもらうのに役に立ちます(12)
家族のメンバーのことが語られれば、男性・女性を表す記号や世代をつなぐ線を用いながら図を増やしていくことができます。誕生日や死亡日もまた加えることができます。このようにして検査が必要になるかもしれない血友病患者や保因者を記録することが可能です。この家系図を見る方が、家族関係を記した文書を読むよりもずっと簡単です。
8.患者自身や家族にとっての血友病とはどんな意味を持っているのか、どのような見方をしているのか考えます。
例:「あなたのご主人は、血友病の子どもが産まれる可能性についてどんなことをご存じですか?」
「血友病の子どもを産むことで、ご主人にはどのくらい影響があるでしょうか?」
「あなたのご家族の中で血友病のことを知っているのはどなたですか?」
「あなたの義理のご両親は血友病についてご存じですか?もし知ったらどのような反応をされると思いますか?」
「もしあなたのお母さんがここにいたら、血友病の息子さんを持った経験から、違う見方を示されるでしょうか?」
「息子さんは血友病によって幼少期、思春期、成人してから、その時期ごとにどのような影響を受けると思われますか?」
9.血友病の重症度を軽症から重症まで明確にしておきます。

通常、凝固因子欠乏の重症度によって、出血が自然に起きるのか、外傷によってだけ起こるのかが異なります。
軽症・中等症の血友病の患者には、外傷に備えて、あるいは外科的手術が必要になったときのため、情報が必要です。
同じ家族のメンバーなら、普通は同じ因子レベルです。
10.その患者に提供できる血友病治療について話し合います。しかし、インターネットやその他のメディアを通して情報を得ていることもあるため、他の国では可能な治療についての話題が出てきた場合に、それを避けないようにすることが大切です(3)。取り上げたほうがいい話題は以下のものです。

その人が治療について知っていること
その人の今の状況で可能なこと
理想として可能なこと
治療への最善のアクセス法
例:「これまでのところあなたがご存じの情報によって、血友病の子どもを持つことに対する考え方は何か影響を受けましたか?」
11.個人や夫婦が、血友病の子どもとどのように取り組んでいくことができるか、具体的、社会的な視点(経済状態、家、医療施設への交通、学校、友達や近所との付合い)から検討していきます。誰が援助し支えてくれるか、誰が状況をさらに困難とするだろうかを考えます。
例:「もしあなたのご主人がここにいたら、何が一番心配だと言うでしょうか?」
「もし血友病のお子さんが生まれたら、最大の心配は何だと思われますか?」
「もし血友病のお子さんが生まれたら、あなたはどのように育てるでしょうか?」
「あなたにとって手助けとなっている人、物はありますか?誰か状況をさらに困難にするかもしれない人がいますか?」 
12.誰が話し合いに加わるといいかを考えます。可能であればいつでも、関係があるパートナーや他の家族とも会うようにします。通常、最初に一人と会い、それからパートナーを連れてきてもらいます。時に、義理の母親のような広い意味での家族のメンバーが、心配したり、夫婦に強制を強いるような間違った情報を持っていたりすることもあります。
例:「もし義理のお母さんがあなたの関心事を聞いたら、彼女は一番何を心配するでしょうか?」
「ご両親が、結婚前にご主人に話さないようにと言ったのは、社会的な偏見からだとおっしゃいました。あなたのご両親は何を一番恐れていたと思われますか?」
「もしご両親がここにいて、あなたが子どもは欲しいけれど怖いとも思っていると聞いたら、なぜまだ子どもを産まないのかご両親は理解されると思いますか?」
13.優先事項から順番に、心配事を探り、位置付けます。一回で一つの問題を取り扱うことで、解決できそうな割合まで不安を軽減することができます。遺伝カウンセリングにおいては、特にこれは難しいことです。というのも、取り扱うべき心配事と同じくらい提供しなければならない情報がたくさんあるからです。
例:「たくさんの心配事があると思います。婚家の人たちに話さないといけないということ、血友病の子どもを持つことに対するご主人の不安、中絶のプレッシャー、出生前診断には気が進まないことなど。今、一番心配なのはどんなことですか? 」
14.心配な点を検討し、どんな決断であれ、取り組みを支援します。
例:「あなたは一番の悩みは義理の家族との付き合いだとおっしゃいました。どんなやり方で、それを始められるでしょうか?誰が一番手助けとなってくれるでしょうか?」
15.個人や夫婦の視点から選択肢について話し合います。

理想ではどうなってほしいか
その状況で何を提供してもらえるのか
血友病の遺伝の可能性
出生前診断のオプション(いつできるのか、回数、危険性、性判別)(11)など
妊娠中絶についてはどう考えるか?
16.面接の終わりにかけて質問の時間を取ります。この質問によって、面接の間で扱えなかった問題や理解できていなかったこと、個人的な心配事が明らかになることがあります。
例:「これまでのところで、理解してないこと、もう一度話し合いたいこと、まだ話してないことなどがありますか?」
17.個人や夫婦と決断について話し合う前に、見たり聞いたりしてきたことから状況を判断します。注意しておく重要な点は:

身体の状態(健康状態、病院から自宅までの距離)
心理的状況(過去・現在)
コンサルテーションの段階(妊娠前、妊娠中、さらに次の子ども)
18.患者さんとパートナー、医者やカウンセラーにとって、意志決定すると言うことは、検査の同意をするということでもあります。あまり議論しすぎると意志決定がさらに難しくなることがあるため、情報を提供しつつ彼らの意見を聞き、面接をリードしながら結論に至るように心がけるべきです。
例:「今までの話し合いから、検査を受けることに同意されますか?」
もし保因者状態について充分な情報を得ていないまま、妊娠を継続する決心をしているのであれば、もう一度以下の点を確かめておきます。

血友病の子どもを持つ可能性について。
心配事。個人や夫婦が、血友病の人や家族、他の子ども、夫婦関係を尊重しながらどのように子どもを育てていこうとしているのか。誰に話して、誰に話さないか。
例:「あなたはこのまま進めてチャンスにかけてみることに決められましたが、この時点で、一番に考えていることはどんなことですか?何か心配な事がありますか?」
「この結論に至るのに、何が助けになりましたか?」
19.終わりには、以下のことをします。

確実な点、不明確な点、患者の意志の強さと問題の難しさなど話し合ったことを要約します。
続けて援助が行えるように手配し、必要な場合にいつ誰とコンタクトを取ればよいのか明確にしておきます。
20.会話の以下の点を記録しておきます。

話し合った話題
困難な点や不明瞭な点
決定事項
今後の行動
可能であれば、患者さんに要約を書いてあげると役に立つでしょう。


事例
 理論と遺伝カウンセリングの実践における「見取り図」の使い方についてさらに詳しく説明するために事例を見てみましょう。この事例では宗教的・社会的な抑圧が背景にある特殊な問題に配慮しています。
 Aziz夫妻は、婦人科医からの紹介で血液内科医の所に診察に来ました。妻の月経が非常に重く、彼女がとても心配しているせいです。彼女は自分が血友病保因者の可能性があることを知っていますが、彼女の夫に告げられずにいました。二人は結婚して2年ですが、1年が過ぎた頃から、彼女と夫には子供を持つようにとの大きな圧力がかかっていました。彼ら夫婦は夫の両親と同居しています。ラマダンの期間中、妻は調子が悪く、出血の問題を隠そうと必死でした。しかし、このことで彼女は彼女のお兄さんが重度の血友病で、夫の家族にこの事実を隠したまま結婚したことを告げなければならなくなりました。そしてそれは彼女が病院に連れてこられたことで明らかになりました。
 まず、血液内科医との最初の面接で、Aziz夫妻の心配事がかなり明らかになってきました。その中には、障害に対する偏見への恐怖もありました。また、もし血友病の子供が生まれたらどのように取り組んだらよいのか、もし子どもが男の子だったら中絶する必要があるのか、出生前診断(夫婦は希望していたが、イスラムの教義には反する)についての不安などが挙げられました。Aziz氏は感情を隠し、今になって初めて妻が保因者かもしれないと知ったことや、結果的に妻が夫婦にとって難しい決断を迫られる状況にしてしまったことについては何も言いませんでした。この最初の面接では、Aziz氏は、妻と血友病の可能性がある子どもを持つことについて決断する必要性よりも、両親の反応に対する恐怖の方を強く感じていました。以下の会話の引用は、この面接で行われた重要なことを含んでいます。

医師: あなたがたお二人とも、まだご主人のご両親には血友病の子どもが産まれるかもしれないということは話されていないとおっしゃいましたね。どういうことで躊躇されているのでしょうか?
Aziz氏: わたしの母が周りの人に知られることを恐れると思います。
医師: お母さんが恐れることは何だと思われますか?
Aziz氏: それは、わたしの姉妹の結婚に影響することです。周りの人は私が悪い遺伝子を持っているのだと思うでしょう。
医師: 奥さん。あなたがほかの人に話すことについて、あなたのご両親はどのようにお考えですか?
Aziz夫人: 両親はわたしの結婚を取り決め、わたしが結婚するまで、わたしの兄が血友病だとは言わないようにと口止めしました。
医師: Azizさん。あなたはそれを聞いて、そのことがあなたにどんな影響を与えると思われますか?
Aziz氏: わたしには血友病のことはよく分かりません。少し動揺していますが、しかし、妻がなぜそうしたのかは理解できます。そして子どもは欲しいと思います。
医師: 血友病についてご存じのことは何ですか?
Aziz氏: よく知りません。
医師: 何についてならご存じですか?
Aziz氏: 出血に何か関係があるということくらいです。
医師: 奥さん。あなたはご自分が理解しておられることをご主人にお話できますか?(血友病の病態についての情報を提供し、カウンセラーは次の遺伝に関する話題に移ります。そしてまた家族に与える影響について話を戻しました。)
医師: あなたの今の主な心配事は、同居されているご主人の両親に話すことだと理解してよろしいでしょうか。それについて、わたしたちはどのようにしたらよいと思われますか?(カウンセラーは喜んで援助したいという気持ちを伝えました。)
Aziz夫人: できれば、先生が両親に話してくれるといいのですが。
医師: どうやって伝えますか?(夫婦が伝えることを手助けすること、しかしすっかり肩代わりしてしまわないことが大切です。)
Aziz夫人: わたしたちが両親に一緒に来てくれるように頼んでみます。
医師: Azizさん、あなたはそれについてどう思われますか? ご両親に話をする時間を取って、来てくれるように説得できるでしょうか?(カウンセラーは再度Aziz氏自身が課題に関わるように援助します。)
Aziz氏: できると思いますが、わたしたちは普通そんな話をすることがありません。それに、両親はきっとそれは神の意志だ、と言うでしょう。わたしたちの文化では、結婚するとすぐに子どもを作るように強要されます。わたしたちは結婚して今2年なのです。
医師: 今回話し合ったことから、得られた主な考えは何でしょう?
Aziz氏: 両親へこの話を伝える方法を見つけなければならないということです。そうすることで、私たちのストレスも幾分か和らぐかもしれません。たとえ始めは怒ったとしても、両親は最終的には受け入れてくれると思います。
医師: そして奥さん。あなたはどんなことを得ましたか?
Aziz夫人: ただ主人がわたしを拒絶しないでくれたということです。
 この第一回の面接では、血友病や出生前診断、保因者の状態に関する重要な問題はほとんど扱われませんでした。にも関わらず、その夫婦にとって重要な信念や恐怖が明らかにされています。また、第一には夫婦が自分たちでその問題に取り組み、その上で血液内科医の援助を得ていくという方向への支援も最初の数歩を進めることができました。


結論
 子どもの誕生と障害は、家族的、現実的、社会的、宗教的、個人的信念に影響をうける繊細な問題です。事実に基づくことと基づかないことの両方を扱うため、遺伝カウンセリングは複雑なのです(13)
 発展途上国では、血友病の診断や治療状況も進歩してきてはいますが、遺伝カウンセリングは血友病の問題を抱える人々を援助するための比較的安価な方法です。ある状況では、血友病の子どもがいる人々へ保因者検査や治療を提供することはできず、遺伝についての情報を伝えることしかできない場合もあります。これは困難に見えるかも知れませんが、人々に問題を検討する時間を与えることは、それぞれ特有の状況の中で問題に取り組むことを援助する最初のステップとなります。また、情報を与えることと問題の意味を話し合っていくこととのバランスを取ることが重要です。それは、人々が混乱したり、自分にとって重要な問題が不明確なままにならないようにするためです。
 遺伝カウンセリングは、教育も含め、血友病ケアの一側面です。血友病ケアには診断や継続検査のための検査室の設置も必要です。検査室では技術的な知識や専門知識を提供し、一方で、遺伝カウンセリングでは、そういった知識を患者が意思決定する際の情報として実際に活用できるように分かりやすい言葉に置きかえることができます。一方があって他方はないというのでは効果があるとは言えません。この論文ではこのギャップを埋める一つの方法を提示しています。重要な問題を扱うための明確な目的やガイドラインを持つことで、様々なヘルスケアの専門家や血友病団体のメンバーがこの課題を行うことができるようになるのです。しかし、情報が間違っていないこと、最新であること、ケアが行われる状況に合っていることを保証するために監督していくのは医師の仕事です。


謝辞
 様々な宗教や文化的な信念についての情報は、Royal Free NHS Hospital Trustのチャプレンシー部門によるものです。Robert Mitchell牧師と研究グループに感謝の意を表します。


作者について
Riva Miller
家族療法士、カウンセリング・コンサルタント、Katharine Dormandy Haemophilia Center
名誉上級講師、ロンドンのRoyal Free NHS Hospital Trust血友病部門

【連絡先】

Riva Miller
Haemophilia Centre
Royal Free Hospital NHS Trust
Pond Street
London NW3 2QG
United Kingdom
Phone: +44 0207 830 2807
Fax: +44 0207 830 2178


参考文献
1. Peake IR, Lillicrap DP, Boulyjenkov E, et al. Report of joint WHO/WFH meeting on the control of haemophilia : carrier detection and prenatal diagnosis. Blood Coagul Fibrinolysis 1993; 4:313-44.
2. Miller R. Counselling about diagnosis and inheritance of genetic bleeding disorders: haemophilia A and B. Haemophilia 1999; 5:77-83
3. Kadir RA, Sabin CA, Goldman E, et al. Reproductive choices of women in families with haemophilia. Haemophilia 2000; 6:33-40.
4. Mannucci P. Modern treatment of hemophilia: from the shadows towards the light. Thromb Haemost 1993; 70:17-23.
5. Ross J. Perspectives of haemophilia carriers. Haemophilia 2000; 6 Supplement 1:41-5
6. Mannucci P. Meeting Report. Decisions and dilemmas: resolving ethical, medical and economic issues facing haemophilia care. Haemophilia 2001; 7: 411-5
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9. Shetty S, Ghosh K, Bhide A, Mohanty D. Carrier detection and prenatal diagnosis in haemophilia families. Natl Med J Ind 2001; 14:81-3.
10. Miller R. The first session with a new client: five stages. In: Bor R & Watts M. editors. The trainee handbook: a guide for counselling and psychotherapy trainees. London: Sage; 1999; 14:6-7.
11. Ljung, RCR. Prenatal diagnosis of haemophilia. Bailliere's Clin Haematol 1996; 9:243-57.
12. Goldman E, Miller R, Lee CA. A family with HIV and haemophilia. AIDS Care 1993; 5:79-85.
13. Street E, Soldan J. A conceptual framework for the psychosocial issues faced by families with genetic conditions. Families Systems Health 1998; 16:217-32.
14. Bullock A, Trombley S. editors The New Fontana Dictionary of Modern Thought.3rd ed.London: Harper Collins; 1999.
15. Runes DD editor. Dictionary of Philosophy. Totowa(NJ): Littlefield, Adams; 1962.


用語一覧
保因者(Carrier):血友病の遺伝子を持ち、子孫へそれを受け渡す女性。血友病の人の母親、娘、姉妹、あるいはもっと離れた血縁関係の女性も保因者になる可能性があります。
保因者検査(Carrier screening):血友病の男の子の姉妹や、本人が知っている、知っていないに関わらず保因者となっている母親の娘が、血友病の遺伝子を持っているかどうか識別するための検査。
遺伝子(Gene):親から子どもへと伝えられ、子どもの特性を決定する遺伝の単位。
遺伝カウンセリング(Genetic counseling):子どもを持つことを計画している遺伝的障害の影響を受けている人を援助するプロセス。彼らの状態、またいかにその病気が世代から世代へ伝えられていくのか、また家族を持つという決断に影響を及ぼす他の問題について理解できるように援助します。
遺伝子検査(Genetic testing):遺伝的な条件を引き起こす不完全な遺伝子をもっているかどうかを識別するための検査。
登録患者(Index patient):家族の中で初めて血友病と診断された人。それは通常、医療を受けるために来る血友病の大人あるいは血友病の子どもとその両親です。
絶対保因者(Obligate carrier):血友病男性の娘は全て血友病遺伝子を継承し保因者となるので絶対保因者と呼ばれます。


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