中四国エイズセンター部内学習用資料:翻訳 No.2

血友病患者のルーチン治療としての

予防輸注

著者: Thomas Abshire, MD
出典: Addressing Therapeutic Challenges in Haemophilia
翻訳: 広島大学病院 輸血部 藤井輝久

◆ 一次および二次予防輸注の重要性
症例1:インヒビターのない重症第IX因子欠乏症の9才の少年は、ここ2年以上右肘関節内出血を月に1〜2回繰り返していた。彼は各出血事象に対して、リコンビナント第IX因子製剤(60 U/kg)による治療を受けていた。最近になって彼の出血頻度は増加し、ほぼ週1回ペースで起こるようになった。彼は二次予防輸注を受けていなかった。関節の評価で彼の右肘は15度以上伸展できず、肘頭溝周囲に明らかな2+/3または中等度の肥厚を伴った圧痛があった。彼の肘の単純レントゲン写真では、Arnold Hilgartner分類でステージIII/IVであった(図1)。

《図1》肘レントゲン:Arnold Hilgartner分類でステージIII
[脚注]患者の母親からさらに病歴を聴取すると、この少年は野球チームのピッチャーをしていることが分かった。彼の右肘はピッチングのために出血し、いつも血腫がある状態であった。彼にピッチングをしないよう勧めた。

《図2》右肘の関節鏡下滑膜切除術 9才の野球選手
[脚注]右肘滑膜切除術の関節内像(図2)。滑膜が過形成を起こして軟骨層にまで延び、あたかもその部位を掃除しているように見えることに注目すべし。
症例2:インヒビターのない重症第VIII因子欠乏症の3才男児に起きた関節内出血について提示する。彼はわずか2回しか左足関節内出血を経験しておらず、それもここ3ヶ月より前には左足関節内出血はなかった。出血した日は第VIII因子レベルを80%以上、その次の日には40%に補正するよう輸注し、1日おいて出血後第3日目に同量を輸注(day1に40 IU/kg;その後day2とday4に20 IU/kg)する、合衆国で行われている"aggressive target joint bleeding"レジメンの治療を彼は受けた。関節評価においては、可動域は正常であり単に軽度の滑膜肥厚が認められるだけだった。彼のレントゲンでは、同部位の軟部組織の肥厚が明らかになった(図3)。

《図3》足関節レントゲン:Arnold Hilgartner分類でステージI
 重症血友病患者の約90%に、何らかの関節障害がある。重症第VIII因子欠乏症患者(<1%)について6年に及ぶ長期間の関節評価研究において、Aledortらは評価した患者477名の約55%に進行性の関節症を認めたと報告した。さらに関節症の程度は重症で、半数の患者は活動を制限しなければならなかった。関節内出血の回数は、関節変形に対して重大な影響を与えていた。患者は年間平均15回(SD+/-12)の関節内出血を経験していた。輸注量のレジメンは標準化されていなかった。しかし、年余に及ぶ予防輸注により関節変形の率は有意に減少していた。
 重症血友病患者の90%に関節障害が起こる。
◆ 病理
 滑膜の血管から関節腔内へ出血することが、関節症の進行に繋がる最初の事象である(図4)。多くの研究者は、炎症反応を引き起こす鉄沈着が、関節障害の大きな要因となることを示唆する。滑膜が過形成を起こし肥厚して、ついには軟骨や骨の破壊を起こす。

 CDCによる均一化された収集データから、6ヶ月間に最低4回以上の出血がある関節、または生涯通じて20回以上出血した関節をtarget jointと定義されている
 血友病患者における予防輸注は、1942年に初めて行われた。凍結乾燥した血漿を3ヶ月間毎週輸注した。二次予防としてのこの治療介入は、出血を止めるのに効果的であった。1970年にHirschmanらは、第VIII因子の止血レベル(例:出血事象なし)は、トラフで2%であることを示唆する根拠を提示した。北米における予防輸注の普及(18才以下の少年)を調べた最近の調査では、合衆国よりカナダの方が高率であること(それぞれ77%と47%)がわかった。予防輸注とは、週1回以上で年間45週間以上行っているものと定義した。
◆ 予防輸注
一次予防:関節障害が起こる前の小児の早い時期より、定期的に長期間凝固因子製剤を使用
二次予防:通常短期治療期間における定期輸注で、出血回数の減少や関節障害の進行を遅らせることを目的とする;関節障害が既に起こった後に開始
 5名の患者の二次予防輸注を調べた初期の研究において、Kasperらは輸注量と輸注間隔が重要であることを見いだした。8 U/kg/dayで輸注した場合には、出血回数が月に平均5.5回から1.5回に減少したが、それに対し1週間の輸注量をさらに増やすと、月の出血回数は最小限に抑えられた。少人数の患者におけるデータであるが、Aronstamらは、第VIII因子レベルが1%未満で関節障害のある9才の患児において、二重盲-プラセボ試験を行った。輸注は1週間行い、第VIII因子レベルが25%以上に保った。このレジメンで、全体の出血頻度は15%しか減少しなかった(100日間に13.6から11.6)。しかし輸注後の最初の3日間の出血は66%も減少した。

 他のデータが利用できるようになるまで、スゥエーデンにおける長年の経験が予防輸注の研究を定義づけていた。二次予防輸注により出血はなくなった;しかし関節症は持続した。15名の患者において幼少時期(1-2才)から、第VIII因子25-40 IU/kgを週2-3回輸注してトラフ値を1%以上に保つ一次予防輸注を開始した。彼らは、成人になってもレントゲン上あるいは理学的評価において関節障害を認めなかった。
 このデータや他の治療センターから得られた根拠により、全米血友病協会(National Hemophilia Foundation)のthe Medical and Scientific Advisory Committee(MASAC)は、予防輸注を最適な治療とし、幼少時期に開始することを推奨している。しかし彼らの推奨を支持するデータはまだ少人数の患者によるものであり、かつ前向き調査ではなく対照グループも欠いていた。さらに調査参加者は、輸注の度毎に来院することを望む大変コンプライアンスの高い人たちであった。スゥエーデンで用いられたような外来基本のプロトコールは、いくつかの国(例:合衆国)では非現実的である;しかし一方、ポート・カテーテルが家庭輸注のために頻繁に利用されている。

 一次予防輸注を考慮する場合、医師は治療開始時期と輸注量を考慮しなければならない。
 スウェーデンにおいて10才までに予防輸注(週1回以上)開始した121名の患者の結果より、Astermarkらは、早く治療を開始して患者それぞれの出血パターンに基づいて輸注量を設定することを推奨した。出血回数の減少は、輸注間隔が短いこと(P<0.005)や、3才までに治療開始すること(P<0.0002)と相関関係にあった。予防輸注開始年令は関節症の予測因子と関係すること(P<0.0002)がわかったが、輸注量や輸注間隔は関係がなかった。つまり、濃厚な治療プログラムを行うことよりも幼少時に治療開始することの方がより価値がある。
 さらに、少人数の患者であるがドイツでの経験では、予防輸注開始前に関節内出血が1回以下の患者には関節症がないことを彼らは報告した(開始は2才未満、n=8)。各グループを比較すると、6才から10才までに開始したグループや予防輸注前に出血が多いグループでは、関節内出血の回数が減少したにもかかわらず、関節障害が進行していた。オランダで少なくとも週2回以上予防輸注をしている76名の患者の後ろ向き調査の経験が、最近文献報告された。それらの患者の約90%は、最初の関節内出血を4.4才までに経験しており、予防輸注を受けるまでの年間平均出血回数は3.7回であった。最初の関節内出血の平均年齢は2.2才であった。輸注量は中用量から高用量まで様々であり(25-40 U/kg)、週1-3回輸注していた。20年の経過では、予防輸注を早期に開始した場合(1-2才までに)関節障害を起こさなかった。しかし開始が遅れるほど、関節症の進行は早かった。これらのデータは前向き調査や対照試験ではないので、出血の重症度やtarget jointのデータに関する情報を分かち合うことはできない。
 当初スウェーデンの研究者によって導入された輸注量は、一般に25-30 U/kgを1日おき、あるいは月、水が25-30 U/kg、金が40 U/kg、であった。しかし低用量や薬物動態的に輸注量を評価する研究が、すでに完了あるいは現在進行中である。オランダでは最初の関節内出血後、低用量で予防輸注を開始するプロトコールが評価された。彼らは、このレジメンで第VIII因子の使用量が3分の1になるとした。しかし、33%の患者で関節内出血の回数の増加を経験していた。スウェーデンの研究者は、小規模予防輸注試験において薬物動態を考えたプロトコールを使用した。彼らは標準的輸注と薬物動態を考えた輸注とを比較した。トラフ値や出血事象について有意な違いはなかったが、薬物動態を考えた輸注では使用凝固因子量が3分の1になった。このレジメンでは、患者にすすんで隔日輸注を遵守するよう確約してもらう必要がある。
 輸注量に関する3つの前向き調査がある。カナダの輸注量漸増研究やイタリアのESRIT研究の中間結果が報告されている。カナダの輸注量漸増研究の研究者らは、その結果をイギリス・バーミンガムで開かれた第19回国際血栓止血学会(2003年、7月12-18日)にて報告した。彼らの輸注量設定ステップはユニークなものである。患者は週1回の輸注から開始し、続けざま出血したり4回重大な出血をした場合には輸注回数を増やす。関節症を防ぐには週間輸注量が大切とする彼らの考えは大変興味深い。週間輸注量は、薬物経済学的にも治療負担に関しても重要な影響を与えるであろう。合衆国の関節転帰研究のデータはまだ出されていないが、その研究は、一次予防輸注と濃厚なon demand治療とを比較したもので、"aggressive target joint bleeding"治療プログラムとして合衆国で参考にされている(表3)。ESPIRIT研究は、他の前向き調査と同様の登録基準を用いている。4年目において、予防輸注のグループ(年1.2回)とon demand治療のグループ(年7.2回)とで出血回数に有意差がある(P<0.001)ことをこの研究者らは報告した。

◆ 予防輸注の利点
 予防輸注には多くの利点がある(図5)。一方、カテーテルの合併症やコスト高の可能性が主な欠点である。ポート・カテーテルの大きな二つの合併症は、血栓症と感染症である。5年以上ポート・カテーテルを入れている患者の約50%で血塊形成が起きる。全ての研究結果を踏まえると、感染症の確率はカテーテル挿入1000日当たり、約0.35回(0.14から0.67)であった。Ragniらは血友病センターで調査を行い、その結果カテーテル留置の二次感染は38.8%(70/183)であった。しかし2回以上出血事象を経験した者はわずか36%(26/70)であった。また42%がグラム陰性菌の感染であった。

 凝固因子製剤のコストは、予防的治療における全体のコストに大きな影響を与える。出血事象毎の治療に比べ予防輸注レジメンは、より多くの凝固因子を必要とするが、予防輸注のコストは出血事象毎に比べ約3倍となる。

◆ 予防輸注の理論的なアプローチ
 患者が一つの関節に2回以下あるいは、いくつかの関節に1回出血を起こしたら、一次予防輸注を考える;治療は幼少期(3才未満)で開始する。
 二次的予防輸注は患者がある期間(例:6ヶ月)に3,4回出血した場合に行うことができる;3-6ヶ月間治療を続けることを考える。
 短期予防輸注は、スポーツ活動や他の激しい活動を行う場合には非常に役立つことがある。


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