中四国エイズセンター部内学習用資料:翻訳 No.3

インヒビターと免疫寛容導入療法を用いた治療

著者: Charles Hay, MD
出典: Addressing Therapeutic Challenges in Haemophilia
翻訳: 広島大学病院 輸血部 藤井輝久

第VIII因子インヒビターの疫学
 後ろ向き調査で、患者1550名(1975-1979年)のうち187名がインヒビターを保有していたことを踏まえて、Gillらは、例え患者が高齢になっても生涯いつでもインヒビターを発生する可能性があることを示した。インヒビターは、生涯の早い時期に起こることがほとんどである。イギリスでは重症血友病A患者の22%で、10才までにインヒビターが発生している(表1)。さらに全てのインヒビターの27%が10才以降に起こり、次の10年(20才)以降に起こるのが全体の22%で50代に一つのピークを迎える。このイギリスのデータより、20代、30代でインヒビターが発生するリスクは非常に低い、ことが示唆される。しかし、その後年令が高くなるにつれてインヒビターのリスクは上昇し、60-69才では全患者の3%となる2峰性の分布を示す。この分布パターンは加齢と共に、免疫状態が徐々に変化したか、免疫防御力が低下したことを示唆している。
 ほとんどのインヒビター保有患者では最初の2,3年か治療第9-21日にインヒビターが発生する;しかし一生涯いつでもインヒビターが起こる可能性がある。

 高リスクの遺伝子変異がある軽症血友病の家系内に、インヒビターが発生する率は約50%に及ぶ。しかしこれは例外であり、軽症血友病での発生リスクは非常に低い。兄弟間は高リスクとなる。一方がインヒビターを保有していた場合、もう一方のリスクは高くなるが、相関係数は100%ではない。兄弟でも確かな比率でインヒビターが発生していない。そのことより、インヒビターの発生リスクには第VIII因子の遺伝子変異のみが関係しているのではなく、インヒビターの発現に後天的あるいは他の先天的リスク因子が関係していることが考えられる。後天的なリスク因子についてはほとんど理解されていない。

 民族の違いという点は、インヒビター発生の可能性を評価する際考慮すべき重要な要因の一つである。Gillらは、インヒビター保有率は白人で14%であるのに対して、アフリカ系アメリカ人では21%であることを見いだした。Addiegoらも、アフリカ系アメリカ人と白人とではインヒビター発生に違いがあることを報告した(それぞれ、50%と23%)。またヒスパニック系の患者でもインヒビター発生リスクが高い。
 Lorenzoらは、リスク因子として第VIII因子に最初に暴露される年令を調べた。年令が低い時期に治療を受けた患者はインヒビター発生リスクが高くなるのであろうか? 治療開始3年後では62名中15名インヒビターを保有しており、その率は25%で一般的なインヒビター保有率とほぼ等しく、累積発生率は41%であった。インヒビター発生までの平均暴露期間は13ヶ月であった。最初の暴露時期の年令に従って分類すると、生後6ヶ月までに暴露を受けた患者のインヒビター累積発生率は41%で、6-12ヶ月の場合29%、12ヶ月以上の場合の12%に対し高率であった。この結果は信頼できるものであるが、患者数が少ないために統計学的有意差を得るに至らなかった。データの限界はあるにもかかわらずやはり、第VIII因子の暴露を先延ばしするために、活性化第VII因子製剤など代替治療で開始する臨床医もいる。しかしこの方法は、初期の出血でリコンビナント活性化第VII因子製剤を用いると関節症が増加する可能性があること、大人数の患者でのデータ蓄積が必要なこと、より疑問視される。この推奨が作成されるまでには、Lorenzoらの所見を確認するための対照試験のデータが必要である。
 リコンビナント製剤と血漿由来製剤の使用でのリスクの違いは、比較試験のデータが乏しいために評価できない。リコンビナント製剤の治療年ごとの比較危険率の検討は、全ての製剤で行われており比較できる。それは1991-2001年にイギリスのデータベースに集められたデータに従った。またさらに、製剤の変更の場合にもインヒビター発生リスクがあることを考慮に入れてきた。いくつかの研究では(表2)、血漿由来製剤からリコンビナント製剤へ変更する際にリスクが高くなることは、認められなかった。しかし、製造工程変更に関係したインヒビター発生の報告も既にされている。

免疫寛容導入
 免疫寛容導入(ITI)は、高力価のインヒビター保有患者に持続的に第VIII因子や第IX因子を暴露させることで、インヒビターを消失させる方法である。多くの具体的な方法がデザインされ、ITIに関する情報収集に寄与している。しかしデータ収集やエンドポイントの決定の違いにより、比較することは制限される。それでもやはり、ITI成功に関係する要因の同定は可能である。

 ITI開始時のインヒビター値が10 BU未満である場合、成功の可能性が高くなる。しかし、その値が10になるまでバイパス療法を行うメリットについては、未だに議論の余地がある。過去にピーク時のインヒビター値が500 BUを越えていた場合には、成功の機会は少ない。治療中断になるいくつかの要因もあるかも知れない。例えば、静脈ラインの感染は一時的にそこからのアクセスを阻み、非特異的に免疫を刺激してインヒビター値が上昇する原因となる。そのようなことが度々起これば、ITIの成功は不可能になる。インヒビター発生からITI開始までの暴露日数も大切かも知れない。この要因に注目した研究は、小規模で統計学的有意性を欠いている。

次のITI成功に関係するとされる要因については未だ議論の余地がある。

 インヒビター検出からITIまでの期間
 以前のITIの治療歴
 免疫抑制療法の併用
 低力価と高力価
 補充する因子製剤の種類や純度

 MalmoのITIレジメンは、第VIII因子製剤に免疫抑制療法(γグロブリン、サイクロフォスファミド)を追加するものであるが、免疫抑制療法の価値については未だに確立されていない。van Creveldらは低用量のレジメンを用いて、高用量を用いるBonnプロトコールと同様の結果を得たとする経験を報告した。しかし、直接の比較はされていない。ITIには高純度製剤やリコンビナント製剤よりも中間純度製剤の方がより効果的であることを示唆する根拠がいくつかあるが、これもまた論議中である。

 国際ITI登録(IITR)から得られた結果は、NAITRのものと対照的で用量が成功の最も重要な因子であった。NAITRのデータにもあるように、導入前の値が低いほど成功の機会が大きくなった。このデータは、インヒビターが低値になるまでITI開始を待つなど、バイパス療法の開始に関する有用な話題を提供している。

 これら二つの登録データの結果を折り合う意味でKronerは、二つの登録データの多変量解析を行った。過去のピーク値が200 BU未満で治療前の値が10 BU未満の患者の大多数を解析では、用量はITIの成功に影響しなかった。反対に、高力価の患者にはさらに高用量が必要であるかも知れない。

 Bonnプロトコールは、感染のリスクを最小限にするため通常ポートカテーテルを使用しないで100 U/kgを1日2回輸注する方法であるが、73-88%の成功率である結果が得られた。60名の患者が評価されたが、文献になるまでに52名の患者がプロトールを終了していた。52名中6名は治療の延長が必要であり、8名が失敗に終わった。成功率の幅は、治療期間の違いによるものであり、失敗とはその定義が用いられた時点に依った。研究者は、治療の延長の定義を定めていなかったが、他の研究データからITIが3-5年に及ぶものを指す、と理解される。
 Bonnプロトコールと対照的に、van Greveldは週3回25-50 U/kgの低用量のレジメンを用いた。これは真のコホート調査であった。全ての患者が同じプロトコールに入った。Bonnプロトコールでは低力価の患者は除外された。しかし過去に確認されているように、治療開始時の力価が10 BU未満の患者は、全て予後がよい可能性がある。開始時の平均力価は2.3 BU(0.3-9.7 BU)で、過去のピーク値の平均は15.6 BU(1-177 BU)であった。ITI終了後凝固因子の半減期が正常範囲となった患者の87%は、完全寛解であった(平均9.9時間;6-16時間)。半減期が6時間以上になるのに必要な平均月数は8ヶ月(0.5-28ヶ月)であった。
 ITI開始時の力価が10 BU未満や、ピーク時の力価が200 BU未満の予後がよいと考えられる患者では、例え低用量ITIに反応が遅くても、その輸注量はITIの成功率に影響を与えない。予後が悪いと考えられる患者(治療開始時10 BU以上;ピーク値が200 BU以上)では、高用量の方がより効果的と考えられる。
製剤の選択がITIの結果に影響するか?
 Kreuzは、高純度第VIII因子製剤でITIに失敗した4名のインヒビター保有患児を報告した。その後中間純度の第VIII因子製剤に変更することで、インヒビターの消失に成功した。より低純度の凝固因子製剤を使用した方が結果がよいと示唆するこのような報告や臨床医の観察などより、ITIに血漿由来第VIII因子製剤のみを用いる臨床医(例;ドイツ)もいる。臨床研究で血漿由来凝固因子製剤もリコンビナント製剤も両方ともITIに有効であると報告されているにも関わらず、直接の比較はまだなされていない。

低純度製剤がITIの成功率が高くなる点について考えられるメカニズムを以下に示す。

 フォン・ヴィレブランド因子がエピトープを覆う
 フォン・ヴィレブランド因子が第VIII因子の断片化を防ぐ(抗原提示を延長する)
 フォン・ヴィレブランド因子が免疫調節因子となる可能性
 低純度製剤には抗イデオタイプ抗体が含まれている

 エピトープがフォン・ヴィレブランド因子(vWF)によって覆われる可能性がある。第VIII因子の断片化をフォン・ヴィレブランド因子が防ぐとする仮説は弱い。なぜなら製剤バイヤルにvWFが含まれていない高純度凝固因子製剤のほとんどは、正常な体内半減期である。一旦輸注すれば、それらは内在性vWFと速やかに結合する。
 NAITRのデータは、第VIII因子製剤の純度に関する仮説について支持するものはない。純度はITIの結果に影響を及ぼさなかった。高純度製剤での成功率は、中間純度製剤で得られた値よりも有意に高くはなかった(それぞれ71%と67.5%)。
 製剤の純度がITIの結果に及ぼす影響を評価するためにデザインされた研究をレビューすると、そのほとんどが少人数の患者で行われていたことが明らかになった。GruppoとRothschild(表6)は、リコネイトを使用した高用量レジメンでの成功率が低いとする他の研究結果と比べて違う結果を報告した。初期に中間純度製剤を使用したBrackmannやMauserは、両者とも高い成功率を報告した。Brackmannは高用量レジメンで71-88%の成功率、Mauserは低用量レジメンで87%の成功率を報告した。後の研究では(表6の下方)、リコンビナント製剤を使用して77-100%の成功率であることが報告された。つまり、中間純度製剤を使用した場合とリコンビナント製剤を使用した場合から得た結果を比較しても、明らかな差はなかった。

ITIの結論

 最高の結果のための最適な治療戦略に関する議論は未だにある。
 最も論議となる要因は、用量の効果(高用量か低用量か)と製剤の種類である。
 これらの問題は将来の臨床試験でのみ解決可能である。

 これらの用量に関する問題を解決するために、ITIの高用量と低用量とを比較した国際的なランダム化前向き試験が、より予後がよいと思われる患者で行われている(Haemophilia@man.ac.uk.www.itistudy.com)。計算すると150名の患者登録が必要となるであろう。この研究は登録2年目の初めであり、現在19の国で行われている。登録条件は、7才未満の重症血友病Aで、治療開始時のインヒビター値が10 BU未満で、過去のピーク値が200 BU未満である。患者は1年間ランダム化された方法で力価が必要レベルにまで低下するのを観察される。効果や疾患の状態、成功に関係する全てのパラメーター(過去のピーク値、開始時と治療終了後のインヒビター値、患者の年令、製剤の種類)に加えコストまでも比較することを目的とする。


Copyright (C) 2004, Chugoku-Shikoku Regional AIDS Center