重 要 文 献 の 紹 介 
《 経皮的曝露事故後の医療従事者のHIV感染についての症例対照試験 》

著者:Denise M. Cardo et al

原題:A case-control study of HIV seroconversion in health care workers after percutaneous exposure.

出典:N Engl J Med 1997;337:1485-90.

< 抄  録 >

◆背景: HIV感染の血液に経皮的に曝露した後のHIV感染の平均的危険性は0.3%であるが、この危険度に影響を及ぼす因子についてはよくわかっていない。

◆方法: 我々は職業上でHIV感染血液に経皮的に曝露された医療従事者の症例対照試験を行った。患者は、フランス、イタリア、イギリスおよびアメリカの全国調査システムによって報告された、HIVに曝露後に抗体が陽性化した患者であった。対照は前向き調査プロジェクトにおいて、HIVに曝露はしたが感染しなかった医療従事者である。

◆結果: 症例患者33人と対照者665人に基づく、ロジスティック回帰分析により、抗体の陽性化に有意な危険因子は、深部まで傷害された場合(オッズ比=15, 95%信頼区間、6.0-41)、感染源である患者の血液に肉眼的にわかるほど汚染されている器具による損傷(オッズ比=6.2, 95%信頼区間、2.2-21)、感染源患者の動脈又は静脈中に留置された針を含む操作による場合(オッズ比=4.3, 95%信頼区間、1.7-12)、およびその後の2ヶ月以内にエイズにより死亡した感染源患者からの曝露だった場合(オッズ比=5.6, 95%信頼区間、2.0-16)であった。症例患者は対照者より、曝露後にジドブジンの服用が有意に少ないようであった(オッズ比=0.19, 95%信頼区間、0.06-0.52)。

◆結論: 経皮的曝露後のHIV感染の危険性は、血液の量が多くなるほど増加し、おそらく感染源患者血液のHIV量が高いほど増加する。曝露後のジドブジンによる予防は有効であるように思われる。<コ メ ン ト >

■ この調査結果は、すでにCDCなどでも報告済みのもので、正式な論文化です。33人の感染した医療従事者の内訳は、アメリカが23人、フランスが5人、イギリスが3人、イタリアが2人です。感染をまぬがれた対照は、CDCの針刺し事故調査に加わった190の病院の679人のアメリカの医療従事者でした。これらの人達には、私たちに大きな教訓を残してくれたことに対し、感謝をしたいと思います。

■ 従来、全体としては針刺し事故の感染率は0.3%ということはわかっていました。実際に感染に至る個々の因子としては、体内深く(感染に足りる)大量のHIVが入ってくる必要があると想像されていました。また侵入してきたHIVが、細胞内の遺伝子に組み込まれる前に、AZTで治療することによってストップできると期待されていました。本報告では時期的な問題もあり、感染源になった患者の血液の中のHIV量は測定できていません。にもかかわらず前述の仮定を証明したのが本研究です。

■ AZTの予防投与の有効性を厳密に証明するには、事故の発生条件を等しくさせて、AZTを服用する群と、偽の薬を服用する群とを盲検で比較することしかありません。感染率が0.3%なら、両群をそれぞれ1000人以上揃えないと統計学的な有意差を出すに至らないでしょう。動物実験ならまだしも、人間で実行するのは時間もかかり倫理的にも不可能です。


《 HIV感染症に対する抗ウイルス療法に関する国際委員会勧告 》

  著者:Antiretroviral Therapy for HIV Infection in 1997

  原題:Charles C.J.Carpenter et al
  出典:JAMA日本語版 1997年11月号 p.95-105

■ JAMA日本語版1997年11月号に「HIV感染症に対する抗ウイルス療法に関する国際委員会勧告」が翻訳され、掲載されました。アメリカを中心としたエイズ治療の専門家達が会議を開き、大規模な治験成績に基づいて決めた治療の勧告です。元の記事はJAMA 1997;277,24:1962-1969.に載ったものです。

■ 元々、1996年にヴァンクーヴァーで開催された国際エイズ会議で、1996年版の勧告が発表され、大きな反響がありました。当初から「消極的なのでは?」という批判があり、その後プロテアーゼ阻害剤を含む強力な併用療法の成績が蓄積され、わずか1年で改訂に至りました。

■ 抗HIV療法は、早ければ早いほど良く、できるだけウイルス量を検出限界以下に長く保つことが基本です。そうすることにより、患者の免疫能が保たれ、質の高い生活を維持でき、さらに薬剤耐性変異ウイルスの出現を抑えられると信じられています。

■ CDCは前から「事故が起こったら感染の有無にかかわらず登録してくれ」と呼びかけていて、前向きに経過を観察する研究を開始していました。このデータが生きたのです。医療従事者の中には感染してしまった人もいたでしょう。このような不幸な事態でも、後世に科学的評価に耐える遺産を残そうとする彼らのやり方に、深く感心してしまいました。

■ エイズ発病の時期の患者のHIV量は高いものです。この研究では、AZT単剤で感染率をおよそ5分の1に下げています(つまり0.06%)。私たちは今、HIV RNA量が測定でき、AZT以外に3TCとIDVなど効果の高い併用薬を手にしています。落ち着いて適切な対処をすれば、0.01%にまで低下させることができるかもしれません。

■ 治療開始は、軽度のHIV RNAが検出された時、

治療開始は3剤で行う、治療効果もHIV RNA量で判定する、変更する時は2剤以上を一度に変える、といったガイドラインが示されています。患者さんに症状が現れてから治療を開始する、CD4数が減ってから治療する、という考えは大規模な治験によって否定されたのです。是非ご覧になって下さい。[TAKATA]